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奈良地方裁判所 昭和33年(ヨ)110号 判決

申請人 田中栄次 外五名

被申請人 奈良観光バス株式会社

主文

被申請人は申請人等をその従業員として取扱い、且つ

申請人田中栄次に対し金五万七百円及び昭和三十四年二月一日以降毎月末日限り一万六千九百円。

申請人田嶋静子に対し金三万九千円及び昭和三十四年二月一日以降毎月末日限り金一万三千円。

申請人駒季治に対し金三万五千百円及び昭和三十四年二月一日以降毎月末日限り金一万一千七百円。

申請人久保治雄に対し金三万九千円及び昭和三十四年二月一日以降金一万三千円。

申請人桝竹忠信に対し金二万七千三百円及び昭和三十四年二月一日以降毎月末日限り金九千百円。

申請人西上正美に対し金二万三千四百円及び昭和三十四年二月一日以降毎月末日限り金七千八百円。

を各支払え。

本件その余の申請を却下する。

訴訟費用は被申請人の負担とする。

(注、無保証)

事実

第一、申請人等の主張

申請人等訴訟代理人は「被申請人(以下被申請会社又は単に会社と称する)は申請人等をその従業員として取扱い昭和三十三年十月一日以降毎月末日に各申請人に対し、別紙賃金表記載のとおりの金員を夫々仮に支払わねばならない。」との判決を求め、その理由として、

一、被申請会社は奈良市に本店を置き、観光バス十五台、従業員約五十名を擁して観光客の運輸を業とする株式会社であり、申請人等はいずれも被申請会社と労働契約を結び、申請人田嶋静子を除く四名はバス運転手として、田嶋静子はガイドとして、被申請会社の業務に従事し、昭和三十三年十月一日当時には、毎月月末の給料日に被申請会社よりそれぞれ別紙賃金表記載の賃金の支払いを受けていたものである。

二、被申請会社は昭和三十三年十月一日口頭並に同日付文書を以て申請人等六名並にその余の十八名の従業員に対し、同人等が職場を放棄したとの理由で懲戒解雇の通告をなした。

三、しかしながら申請人等に対する右解雇は次の諸理由により無効である。

(一)  被申請会社は就業規則第三十六条第二項二号及びト号に則り本件解雇をなしたと主張するが、かかる就業規則は存していない。

又仮に存在しているとしても無効である。即ち、申請人等は就業規則なるものを一度も見た事も聞いた事も無く、従つて就業規則が存在するとすれば当然その作成に際し労働者の過半数を代表する者の意見を聴かなければならないにも拘らず之がなされていない。而して被申請会社は就業規則を昭和三十二年十月二十八日から施行したと主張するけれども申請人等が本件解雇後奈良労働基準監督署に於て調査したところによれば、右就業規則は被申請会社主張の日に一応提出されたが右は帝産自動車株式会社の就業規則を全く引き写したものであり、特に給与等については具体性を欠き、全く実情にそわないので右労働基準監督署に於て度々変更を命じたが被申請会社が応じないので昭和三十三年七月被申請会社につき返され、その後被申請会社から再提出されていないのである。

而して使用者が労働者に対し懲戒をなし得るためには、懲戒事由が個別的な労働契約で定められるか、又は就業規則で定められ且つ懲戒については就業規則によると云う労働者の承認もしくは事実たる慣習ある事が必要であるところ本件に於てはそのいずれも存在しないから、本件懲戒解雇はその点に於て懲戒の根拠を欠き無効である。

(二)  仮に被申請会社が懲戒解雇をなし得る権利ありとしても本件懲戒解雇の理由とするところは何ら被申請会社主張の就業規則に違反せず、懲戒事由に該当しないから、本件解雇は無効である。

その理由は次の通りである。

(1) 本件解雇の行われる迄の被申請会社に於ける労働条件は次のとおり劣悪であり、労働基準法違反が公然と行われていた。

(イ) 一般給与状況は賃金は日給として定められ三百円乃至六百円位で他の同種事業に比し極めて低額である上明確な賃金基準が無いから、それの決定及び減給処分も被申請会社のほしいままにまかせられていた。

(ロ) 就業時間は午前八時から午後五時迄と称しているが従業員との間に何らの協定も存しないのに平均一日五時間の残業を強制していた。

(ハ) 女子従業員に対しても深夜業を行わせている。

(ニ) 労働時間中休憩時間を設けない。

(ホ) 定められた休日も年次有給休暇も与えていない。

(ヘ) 毎年三月から五月、九月から十一月の間はいわゆる観光シーズンと呼ばれ、その間全く休日を与えず引続き勤務することを命じながら休日出勤手当を支給しないし前述の残業労働に対しても労働基準法所定の正当な割増賃金を支給していない。

(ト) 従業員が就業中事故を起すと、被申請会社によつて一方的に決定される事故弁償金を給料から天引されて支払を強制され、そのため一ケ月分の給料が僅か三十七円しか貰えなかつた者もあつた程である。

(2) 申請人等の団体行動

(イ) 被申請会社の従業員は、右のような低い労働条件を改善し、地位の向上と安定をはかるために、労働組合の結成を痛感していたが昭和三十三年七月頃申請人久保治雄、桝竹忠信、西上正美は被申請会社の従業員を以て労働組合を結成せんと企て、配車係古田正忠に相談したところ、「社長は組合結成ときけば直ちに解雇するだろう。」と云うことであつたし、事実被申請会社代表者井上信貴男が社長をしている井上繊維産業株式会社王寺工場に於て従業員が組合を結成した途端、全員解雇されたという事例が昭和二十七年頃あつたし、その他前述のような法を無視する労働条件を押しつけているにもかかわらず被申請会社の事業場へは労働基準局の監督官ですら立入ることが容易に出来ない等々の状況にかんがみ、当時は今直ちに組合を結成し得る実情にないと考えその目的を後日に期し、その準備をすすめることとした。

(ロ) 一方申請人等はかねて一日平均五時間に及ぶ超過勤務手当の完全支給を被申請会社に対して要求していたものであるが、被申請会社は昭和三十三年九月分より完全に支給するということであつたので申請人等はこれを期待していたところ、九月三十日に至つて同日支給の給料を受けとつてみると之が全く支給されていないことが分つた。

そこで申請人等従業員は被申請会社のこうした不誠意と労働基準法違反行為の是正を求め、下当な権利侵害に対して強く抗議し、残業手当の完全支給を要求することに決した。

(ハ) しかし従来の被申請会社の不誠意な態度を考えてみると、この残業手当の支給の要求を実現し、被申請会社の違法行為を排除するためには、到底単なる要求の申入れを以つてするのみでは不可能であつたから申請人等はこの機会に労働組合を結成し団結の力で要求を実現する必要があると考えたが、いきなり組合を結成するということでは、被申請会社を刺戟し徒に紛争を大きくすることを恐れ、申請人等運転手十四、五名及び女子従業員十名程が相談した結果、このような労働条件では働けないから、被申請会社に強く反省を促すため、翌十月一日は全員二十四名が一斉に休暇をとることを申出ること。被申請会社との間に要求についての正当な解決が出来れば就業すること。その交渉が難航すれば労働組合結成にふみ切ること、とし申請人久保治雄が二十四名を代表して被申請会社事務所に於て前川営業主任との交渉に当り、残業手当を支給するよう要求し、これが支給されない場合には二十四名が十月一日に休暇をとることを申入れた。この結果同日午後十一時頃に至つて被申請会社の片岡常務と前川営業主任とが全員集れといつてきたので一同事務所に集合したところ、申請人久保治雄、田中栄次のみ残れというので残余の者は入庫したバスのところに集り、右久保、田中が交渉に当つたが、「とに角明日は働け」というので、田中等は残業手当を支給するならば働くといつて交渉したけれども、片岡常務等は「社長が不在だから帰つて来たら話す」という返事で遂に誠意のある確実な回答が得られず交渉は物別れとならざるを得なかつた。

申請人等は翌十月一日午前六時半頃に至る迄交渉を続けて被申請会社の誠意ある回答を待つ一方、種々討議した結果要求が容れられないばかりか、全員不眠で討議したため、万一事故を起してはいけないと考え、やはり当日は休暇をとることに決し、全員会社を引きあげて油阪町所在の寺に集つた。

(ニ) そこで申請人等は労働組合の結成を提唱したところ全員賛成したので、組合規約を定め、役員には委員長に申請人久保治雄、副委員長に同田中栄次、書記長に吉田定治、会計監査に松川功が選出され茲に奈良観光バス労働組合の結成を了し、全員会社へ引返して残業手当支給について即時団体交渉を申入れることにした。

(ホ) 同日午前十一時頃全員が会社へゆき、申請人久保治雄、同田中栄次、同駒季治及び申請外塩見、吉田の四人が常務室へ行き片岡常務に対して組合規約及び組合員名簿を呈示して労働組合が結成されたことを告知し残業手当について団体交渉を申入れたところ「こんなもの社長に渡してもお前らは全員クビだ」と云つて正当な団体交渉の要求に応じないうち、社長井上信貴男が事務所へ入つて来るなり同人は「お前等は職場放棄だ。全員解雇する。出てゆけ」とどなりつけ到底話し合いの余地もなかつたので、申請人久保治雄、田中栄次等が全員待機しているバスの処へ行つてこの旨報告しようとして事務所を出たところ、更に井上社長は、「お前らはどこえゆくんだ、早く出てゆけ」とどなりつけ右申請人等はやむなく会社を出て前記寺に引返したのである。

(3) 申請人等の右行為(休暇)の正当性

(イ) 被申請会社に於ては、従前より従業員は単に会社に対して通告するのみでなんら格別の理由を要せず休暇をとることが認められており、これが慣例であつたから、本件の場合も申請人等が休暇を請求したこと自体は、なんら違法ではない。

(ロ) 但し全員が一斉に休暇をとることは通常の事例に反し、被申請会社に於て之を拒絶することができるとしても、申請人等が本件休暇をとつた実質的意図は、正当な要求実現のため、いきなりストライキという強硬な通告により被申請会社を刺戟し事態の解決を一層困難にすることを避けんがために、休暇という方法を執つたのであつて、そうしてみれば被申請会社が休暇を認めないにも拘らず申請人等が休業したということは、之を以て直ちに秩序違反の違法な職場放棄とみるべきものではない。

要するに申請人等の本件一斉休暇は、前述の如き正当な要求を実現せんがための組織的統制にもとずく労務不提供であつて、之は勤労者が憲法第二十八条によつて保障されている団体行動権を正当に行使したまでであつて全く正当である。

(三)  本件解雇は次の如き理由により不当労働行為であり無効である。

(1) 本件解雇は前述の如く申請人等が正当な団体行動(一斉休暇)をしたことを理由になされている。

(2) 本件解雇は前記の如く申請人等が労働組合を結成し、団体交渉をなしたことを嫌悪してなされたものである。

(3) 本件解雇は申請人等が結成した組合を壊滅させることを目的としてなされたものである。

即ち被申請会社は前述の如く十月一日午前申請人久保治雄等をどなりつけて会社から追い出し組合員全員に解雇通知を発送する一方これをみて共に会社を引きあげようとする他の組合員を引きとめて寺へゆかせず、特に女子従業員の家庭へは電報を打つて親を来させ従業員に組合を脱退するよう説得させ、一方男子従業員に対しても組合脱退を説得し、積極的に組合破壊工作を行つた結果、主たる組合活動家たる申請人等六名を残して全員会社へ残ることを止むなくせしめ、このようにして右組合は結成直後壊滅的状況に追い込まれたのである。

かくして、被申請会社の不当労働行為意思は、被申請会社がかねがね労働組合の結成を嫌つていたこと、本件行為について切崩しの策動が行われたこと、企業の正常な運営を自ら麻痺させる如き全員解雇を一挙に通告し、しかもそれはそもそも従業員に対する団体行動抑止のためのおどかしであつたこと、解雇者を復帰せしめるに際し申請人等主要な組合活動家のみを除外して差別待遇をしたことによつて明らかである。

被申請会社は本件解雇当時組合結成の事実を知らなかつたと主張するが、申請人等の前記団体行動は労働組合の結成をも併せ目的としてなされたものであつて組合結成と休暇行動に入つたのは同時的であり、被申請会社は申請人等が組合結成を討議し、結成しつつあつた事実をも察知していた筈である。

四、保全の必要性

申請人等はいずれも被申請会社から支払われる賃金を唯一の生活の資としている労働者で他に家計を維持するに足る何らの資産もないから本件解雇によつて忽ち生活の窮迫に陥つているものであつて、近く本件解雇無効の本訴を提起しようと準備中であるが、本訴の判決をまつてはたとえ勝訴の判決を得るも当面の生活の窮迫により申請人等は回復することの出来ない損失を蒙るおそれがある。

五、よつて右損害を避けるため、被申請会社に対し申請人等をその従業員として取扱い、且つ昭和三十三年十月一日以降毎月末日限り各申請人等に対し別紙賃金表記載の金員を支払うことを求める。

と述べ、

後記被申請会社の主張に対し、

六、被申請会社主張第二の三の(三)の(1)の(ロ)の事実(被申請会社に損害が発生したとの点及びその額)は之を否認する。

仮に被申請会社が幾分かの損害を蒙つたとしても、申請人等は憲法によつてその団体行動権が保障されているから、被申請会社の損害について何ら責を負うべき理由がない。

七、被申請会社主張第二の三の(三)の(2)及び(3)の事実(違法な争議行為及至権利濫用であるとの点)は之をすべて否認する。

八、被申請会社主張第二の三の(三)の(4)の事実(申請人田嶋静子が風紀を乱したとの点)は之を否認する。

申請人田嶋静子が同田中栄次と同居していることは事実であるが、これは双方が心から信頼し愛情を有した結果であつて未だ正式に婚姻届を出していないのは田中栄次の妻が離婚に同意しないからである。その妻の立場も気の毒ではあるが、事は微妙な夫婦間の愛情の問題に属し、右田嶋、田中の関係は決して風紀紊乱を以て目されるべき筋合のものでない。しかも被申請会社は申請人田嶋静子の入社当時既に右事実を知悉しながら採用し且つ申請人田中栄次に対しても何らの処置も講じた事がないのに本件解雇後に至り、俄かに之を風紀紊乱なりとこじつけたにすぎない。それ故にこそ被申請会社は申請人田嶋静子を解雇するにあたつて、その解雇がかかる理由によるものである事を何ら明示していない。

九、被申請会社主張第二の四及び五の事実について、昭和三十三年十月十四日被申請会社が申請人等に対し、各人の三十日分の平均賃金を提供し、申請人等のうち西上正美が之を受領し、その余の者が之を拒絶し、右拒絶ありたる分について即日被申請会社が弁済供託をしたこと。並に申請人等がその後右供託金を受領したことは認めるが、その余の点は之を争う。

一般的に、解雇手当の支給を伴わない即時解雇は無効であり無効な解雇の意思表示に解雇予告の効力をもたせることは出来ない。まして無効の懲戒解雇を通常解雇に転換することは許されない。

又仮に通常解雇に転換しうるとしても、その場合に適法な解雇の手続を了したのは前記昭和三十三年十月十四日であり、この時には被申請会社として申請人等が労働組合を結成した事実を知らないとは到底言い得ないのであるから右普通解雇が不当労働行為たることはより一層明白である。

次に本件解雇の通告があつた後に申請人等が被申請会社の提供乃至供託にかかる各三十日分の平均賃金を受領したのは、決して申請人等が本件解雇を承認したからではなく、いずれも異議をとどめて賃金の前渡しとして受領したのであり、特に申請人西上正美は極度の貧困から自己の生存維持のためにやむを得ざる緊急避難として之を受領したのである。

と述べた。

第二、被申請会社の主張

被申請会社訴訟代理人は「申請人等の本件申請をいずれも却下する。訴訟費用は申請人等の負担とする」との判決を求め、答弁として、

一、申請人等主張一、の事実を認める。

二、申請人等主張二、の事実につき被申請会社が申請人等主張の日に申請人等六名及び外六名の従業員を、その主張の如く懲戒解雇したことは之を認める。

三、右懲戒解雇は次の如き理由によつて有効である。

(一)  就業規則の存在

被申請会社は昭和三十二年四月その設立当時に所定の手続により就業規則を作成し、同年十月二十八日から之を施行している。右作成にあたつては、何分会社設立後の事とて従業員も確定せず、従つて労働者の過半数を代表する者の意見を聴くことは出来なかつたが、其の後申請人等を含む一般従業員を採用するについては一々右就業規則の内容を示し、その承諾を得ていたものであり、又右就業規則は常に被申請会社の事務室に備付けられ、従業員が自由に之を閲覧し得る状態を保持していたものである。

又右就業規則は作成後間もなく所轄奈良労働基準監督署に届出で、受理されているのであつて、それが昭和三十三年七月頃如何なる理由によるものか返戻されて来てはいるがいやしくも行政官庁が一且その権限に属する受理をした以上その内容に於て不備ある場合は監督権の発動として其れの変更を命じ得るものであるが、該就業規則をその儘しかも長日月を経て返戻するが如きは法の認めないところであり、右就業規則は届出済みのものとして何ら欠ける所がない。仮にそれが正当な届出でないとしても、元来届出をすることは、行政官庁に監督の機会を与えるにすぎず、その有無が就業規則の効力に影響を及ぼすものではない。

而して右就業規則第三十六条第二項に於て、会社は従業員に於て「故意に事業場の設備又は自動車器具を破壊し、その他会社に損害を加えた者」「会社内の風紀を乱した者」を懲戒解雇することができる旨定めてある。

(二)  被申請会社に於ける労働条件の主張についての認否。

(イ) 申請人等主張第一の三の(二)の(1)の(イ)の事実を否認する。

被申請会社の従業員に支給する給与は前示就業規則第三章に規定し、ただ具体的に給与額については諸物価の高低を勘案して定める必要上右就業規則第十三条により給与規定に委任してこれを定め、実際の給与の決定は勿論受給与者との契約に基くもので被申請会社の一方的行為ではない。而してこれによる一般給与状況は、運転手の日給が四百円乃至六百五十円、ガイドが同じく四百五十円乃至五百円であり尤も運転手については試用制度、ガイドには教習制度があつてその期間中はそれより低額である。各個人の給与額については当初本人に十分説明しその承諾を得てはじめて辞令を交付し爾後昇給の途も開かれ、こと給与関係については明確な基準があり、被申請会社の従業員に対する待遇は他の同業者を凌駕する好待遇である。

(ロ) 申請人等主張同(ロ)の事実を否認する。

従業員等は乗客たる観光客より金品の贈与をうけるを常とし、之に報いるためか、会社に無断でわざと運転コースを変更したり、停車時間を長引かせたりして帰着時間が後れることがあるが、被申請会社としては之を正当な残業とは認め難い。

(ハ) 申請人等主張同(ハ)の事実を右と同一理由で否認する。

(ニ) 申請人等主張同(ニ)の事実を否認する。

(ホ) 申請人等主張同(ホ)の事実を否認する。

(ヘ) 申請人等主張同(ヘ)の事実を否認する。

被申請会社では十九名の運転手と二十三人のガイドを常傭しているが、申請人等主張のシーズン時以外の月には、運転するバスも漸く五台、これに従業する運転手及びガイドも五名で足り、他の者等は何等の仕事もなく、この場合被申請会社は右不就業の運転手並にガイドに対しても所定の本給を支給して休暇をとらせ、他日の観光シーズンを待期せしめ、その代り愈々観光シーズンになると時には残業に従事せしめることもあつて、その時間を計算する場合、前叙待期のため会社の為めに働かなかつた時間を対当時間で差引き、その余の時間だけを対象に残業による割増賃金を支給する例もある。而もかような事はすべて従業員承諾の下に行われていたのである。

(三)  申請人等の懲戒解雇事由

(1) 申請人等は次の通り職場を放棄し会社に多大の損害を与え、以て前記就業規則第三十六条第二項二号の「その他会社に損害を加えた者」たる行為をなした。

(イ) 申請人等の職場放棄

申請人等は昭和三十三年九月三十日夕刻頃から附近飲食店又は被申請会社内で飲酒酩酊し、他の従業員に対し自分等と共に一斉休暇をとることを強要し、若し之に応じなければ殴打その他の暴力行使も辞さない旨威迫しそれに畏怖した従業員等を自分等の意思に従わしめ、或は之に服さない者は被申請会社の押入れに避難して身をかくすことを余儀なくせしめかかる状況下に於て一斉休暇の煽動を試み、その結果申請人等十数名は相かたらつて突如被申請会社に対し翌十月一日に一斉休業する旨を届出ると共に、同会社常務取締役片岡安太郎に対し、同年九月分の残業手当の支給方を要求した。

被申請会社ではもとより右残業手当を支給する予定であつたが、右九月は観光シーズンでありながら実際の収入は意外に少く、そのためシーズンとして残業手当を支給するか、或はシーズン外のものとして取扱うかは末だ決定していなかつた。加うるに当時被申請会社の社長井上信貴男が偶々上京中のこととて留守居の右片岡常務取締役は「今直ちに決定して支給することは困難である。然し明日(十月一日)か明後日は社長が帰者するにつきその上で支給する。又残業手当の計算も出来て居らない。若し社長が不同意の場合は片岡個人に於てでも支払い決して迷惑をかけない」旨種々説得し時恰も観光シーズンで多数の予約をうけている会社として十月一日だけは万障繰合せて出勤してほしいこと、そうでない場合に会社の蒙る損害、観光客の失望等を種々設例して懇願し、決して残業手当の支給を拒絶するのではないことを強調し、専ら翌十月一日迄の猶予を求めたのであつた。

然るに申請人等は被申請会社の企業内容を知り、突然一斉休暇をとることによつて同会社が損害を蒙ることを知悉しながら頑として右説得に応ぜず、遂に十月一日一斉休業した。

(ロ) 会社の蒙つた損害

被申請会社は右十月一日には前からの予約により箸尾町常葉幼稚園より朝七時三十分発大阪市築港行往復のためバス一台(申請人久保運転手担当)奈良市佐紀町都跡婦人会より朝六時四十分発伊丹、六甲山へ往復のためバス二台(中西、数元両運転手担当)、五条市五条中学より奈良奥山周遊のためバス四台(申請人西上運転手外三名担当)、水分小学校より朝六時発大阪市内への往復バス一台(吉田運転手担当)、竜田稲葉消防団より朝七時発六甲往復のためバス一台(申請人駒運転手担当)、吉野郡西阿太山田西瓜組合より朝七時発和歌山市内往復のためバス一台(吉田運転手担当)、当奈良競輪場行のため朝九時三十分発のバス一台(橋本今西両運転手担当)、奈良市須川花丸組合より朝六時発和歌山往復のバス一台(川野運転手担当)及び五条市寺の前自治会より朝七時発京都往復のためバス一台(申請人田中運転手担当)の註文に応じていた。ところが前記申請人等の一斉休業のため、右バスの予約も亦実行不能となり、その内常葉幼稚園、五条中学、水分小学校、山田西瓜組合、花丸組合、寺の前自治会の合計九台は違約のやむなき結果となり、このたき被申請会社の得べかりしバス賃料合計金十二万二千円は損害となり、更に右違約による損害として五条中学校より金三万九千二百四十一円、寺の前自治会より金六千二百円、遅刻の損害として稲葉消防団より金一万五千五百円の各請求をうけた外翌十月二日の予約にかかる御所農業協同組合よりのバス予約(賃料一万七千円)川東村農業協同組合よりの同予約(賃料一万六千円)及び南阿太小学校よりの同予約(賃料三万円)も亦申請人等の一斉休業により履行不能となり、従つて得べかりし利益を失い、このため被申請会社は合計金二十四万五千九百四十一円の損害を蒙つた。

(2) 仮に申請人等が一般的に自由に休暇をとる権利ありとしても、申請人等の前記行動は名を団体交渉に藉り飲酒酩酊して他の従業員を威嚇して結束を強要し、あまつさえ、被申請会社が前記各所より十月一日に発車の注文をうけ、いわゆる定期行為としての履行の責任を負担していることに着眼し、被申請会社を困惑させ且つ損害を蒙らしめんが為め、日頃の労働条件の劣悪を口実に一斉休業したのであつて、之は従業者としての権利濫用であり不法行為を構成し前記懲戒解雇事由に該当する。

(3) 仮に申請人等の目的は正しかつたとしても、その手段たるや右の如く不正なものであつたから右一斉休業は結局権利濫用であり前記懲戒解雇事由に該当する。

(4) 申請人田嶋静子については、右事由の外に更に次の如き就業規則第三十六条第二項ト号の「会社内の風紀を乱した者」に該当する行為があつた。

即ち申請人田嶋静子は被申請会社のガイドとして勤務していたところ、同じく申請人たる運転手田中栄次とかねてから情交を結び、このため右田中栄次の妻子を追い出し遂に両者同棲するに至り平日勤務にあたつては常に同一観光自動車に常務し、あまつさえ乗務中男女関係の睦言を繰返す等見るに堪えない行動に出で、そのため乗客からの苦情もたえず、被申請会社としては、採用当初右両名の関係を全く知らなかつたが、その後右行動あるにつけ屡々両人に注意を与えたが同人等は一向に肯ぜず、よつて観光案内を業とする被申請会社にあつて特に維持するを要する社内の風紀を紊乱したものである。

(四)  右懲戒解雇は申請人等主張(第一の三の(三)の事実)の如き不当労働行為ではない。即ち、

(1) 申請人等の一斉休暇は権利の濫用であり正当な団体行動ではない。

(2) 本件解雇当時申請人等主張の如き労働組合が結成されていたことを否認する。仮に結成されていたとしても、被申請会社に於てその事実を知らなかつた。

即ち被申請会社としては申請人等主張のような労働組合結成の通告をうけた事はなく、而も申請人等は昭和三十三年十月一日午前十一時頃右通告をなしたと主張するが被申請会社は之に先立つ午前九時に既に申請人等に対し社長自ら出勤の上解雇の意思表示を達している。

(3) 従つて申請人等主張のような労働組合の破壊工作やその結成を妨げるような行動に出たことはない。

四、本件解雇が、仮に懲戒解雇としては効力がないとしても、次のとおり普通解雇として有効である。

すなわち、被申請会社は昭和三十三年十月一日申請人等に対し解雇の意思表示をなし、該意思表示は懲戒による即時解雇を意味するが、仮に懲戒の理由がないとしても、転換して解雇予告としての効果を有する。而して被申請会社は同年十月十四日申請人等に対しそれぞれ労働基準法第二十条による三十日分の平均賃金を提供し、申請人西上正美は即日之を受領したがその余の申請人等は之が受領を拒絶したので、同日弁済のためこれを所轄奈良地方法務局に供託した。

よつて前記十月一日に遡つて予告解雇の効果が発生した。仮に右遡及効なしとするも十月一日から三十日経過後に解雇の効果が発生すべきところ十月十四日に平均賃金三十日分を支払つたから当日解雇の効果が発生した。仮に然らずとするも少くとも十月三十日に於ては予告解雇として完全に解雇の効果が発生している。

五、以上の通り申請人等は昭和三十三年十月一日又は同年十月十四日若くは少くとも同年十月三十日に、被申請会社から適法に解雇され、且つ同年十月一日から三十日分の平均賃金(解雇手当)を、申請人西上正美は直接受領し、その余の申請人等も前述供託されたものを受領し、すべてその支払をうけているから、申請人等はもはや被申請会社の従業員たる地位を有せず、その他何らの財産上の請求権も有しないから、之あることを前提とする申請人等の本件申請は全くその理由が無い。

と述べた。

第三、疏明関係〈省略〉

理由

一、懲戒解雇の意思表示

被申請会社が、昭和三十三年十月一日その従業員たる申請人等に対し同人等が同日職場放棄をしたことを理由に懲戒解雇の意思表示をしたことは当時者間に争いがない。

二、就業規則の存否、効力

そこで右懲戒解雇の効力の有無について考察すると、凡そ懲戒解雇の効力について争いある場合には、同解雇の有効なることを主張するものに於て懲戒解雇権の根拠、懲戒事由該当性をそれぞれ主張立証すべき責任あるところ、本件に於ては先ず第一に懲戒の根拠たる被申請会社の就業規則の存否並にその効力が争われているので、この点について検討すると、証人片岡安太郎、同前川勇の各証言に右証言によつて真正に成立したと認められる疎乙第一号証によれば、被申請会社は会社設立(昭和三十二年六月)の頃従業員等採用前に就業規則を作成して之を常時会社事務室に備付けて昭和三十二年十月二十八日から施行していること、及び同規則第三十六条には被申請会社主張(第二の三の(一))の如き懲戒解雇に関する事項が規定されていることが一応認められる。而して同規則が右作成後間もなく奈良労働基準監督署に届出でられ、翌年七月頃同署から被申請会社に返戻された事は当事者間に争いないが、その返戻の趣旨、理由及至その間の経緯が本件証拠調の程度では詳かにし得ないので右の如き事情はあるも、右就業規則は一応有効に存続するものと認定する。

三、懲戒事由に該当する事実の有無

そこで申請人等に右就業規則に違反する懲戒事由(1、会社に損害を与えたこと、2、会社内の風紀を乱したこと)に該当する行為があつたかどうかについて考える。

(イ)  「会社に損害を与えた」ことの有無

被申請会社が観光バス株式会社にして、申請人等が同会社の観光バスの運転手若くはガイドであつたところ、申請人等が他の同僚運転手全員と共に昭和三十三年九月三十日夜半来一斉に休暇届を提出し、被申請会社が右休暇を許容しなかつたにも拘らず、翌十月一日遂に就労せず、これがため本件解雇がなされた事は当事者間に争いがなく、又右一斉休暇により被申請会社が同日運行を予定していた観光バス十四台の内十台が運行不能となり同会社に総計二十数万円の損失を来したことは、証人片岡安太郎、同前川勇の各証言並に同証言によつて成立を認め得る疎乙第三号証によつて明かである。

しかしながら、申請人等主張にかかる被申請会社に於ける一般的労働条件の劣悪なるかどうか(第一の三の(二)の(1)の(イ)乃至(ホ))は暫く措き判断の焦点を本件紛争の発端となつた時間外労働に関する割増賃金(以下時間外手当と略称)の問題(申請人等主張同(ト)の事実)にしぼつて検討してゆくと、成立に争いない疎甲第七号証の一乃至五及び証人片岡安太郎、同前川勇の各証言並に申請人久保治雄、同桝竹忠信、同田中栄次の各供述を綜合すると被申請会社に於ては業務の性質上季節による繁閑の差が甚だしく、毎年三、四、五月と九、十、十一月に所謂観光シーズン期と呼ばれ、業務の最盛期にあり、その期間内は従業員は相当長時間の時間外労働をしていること被申請会社に於ては右シーズン外の月に於ては時間外手当の計算につき、時間外労働時間と閑暇な折の時間とを相殺すると云う特殊な操作を、その合法性は別としてともかく慣例として、行つていたが、少くともシーズン期に於ては時間外手当は全額支給される約束であつたこと、然るに右支給さるべき時間外手当についても従来一律明確且つ完全な支給を欠いていたこと、かかる支給状況について、申請人等従業員が、かねて不満を有し、被申請会社側に於ても右苦情のあることを知つていたこと而して昭和三十三年九月中に於て申請人等はいずれも平均二、三十時間乃至それ以上の時間外労働をしており、被申請会社の運行管理者の計算によつても同月中の従業員に支給さるべき時間外手当は総計六万円余に達し、右手当は本来同月分給料と共に支給されるべきものであつたこと、ところが同年九月三十日の給料日にあたり申請人等従業員が給料を受けとつてみると時間外手当は一銭も支給されていなかつたこと、そこで右措置に憤慨した申請人等を含む運転手の殆ど全員とガイドの一部は運転手控室等に集つてこの問題を協議し、以下申請人等主張第一の三の(二)の(2)(申請人等の団体行動)の(ハ)のとおりの事実が発生したことをすべて認めることが出来、証人片岡安太郎の証言中右認定に反する部分は之を措信しない。

よつて案ずるに右申請人等の行動(一斉休暇)は労働条件改善というよりもむしろ労働条件維持のために労働者が結束して使用者に要求を提出し、交渉するための、又その末の組織的行動であつて休暇の名のもとになされたとは云え、実に争議行為そのものに外ならず之はまさしく憲法二十八条によつて権利として保障さるべきことが確認されている勤労者の団体行動そのものであるといわなければならない。

而して勤労者が権利として保障されている団体行動を執つた結果使用者に民事上の損害が発生したとしても、当該勤労者が使用者に対して何らその責を負う必要がない事は言うを俟たないところであつて右は労働組合法第八条の法意に照らして明らかである。

従つて被申請会社は前記申請人等の一斉休暇を目して、同会社就業規則第三十六条に所謂「その他会社に損害を与えた」ことになると主張するが、右就業規則の謂う従業員が会社に損害を与えたとは、会社が従業員に対し問責し得る場合のみを云うのであつて、従業員が免責される場合を含まないことは解釈上当然である。若しかかる場合をも包含すると強弁したところで、さような条項は団結権保障という公の秩序に反し、民法第九十条により無効となるにすぎない。

かくて申請人等が一斉休暇届を提出し昭和三十三年十月一日就労しなかつたことはそれ自体何ら懲戒解雇の事由たり得ない。

(ロ)  申請人等従業員の権利濫用乃至信義則違反の有無

被申請会社は右申請人等の一斉休暇は正当ならざる手段により専ら被申請会社を困惑させ、会社に損害を蒙らしめることを目的として行われた不当、不法の行為で信義則に反し権利の濫用であると主張する。

しかし乍ら前記認定に供した諸証拠によるも、かかる事実は到底認め難く却つて申請人等が暴行、脅迫に及んだ形跡さらに無く、被申請会社の片岡常務取締役との交渉の経過を見ても、むしろ良好といえる程穏健平静且つ秩序を維持していたというべきであつて、九月三十日夕食時に一部の者が飲食した事は認められるがそれが過度に蒙つて酩酊に及んだとは認められない。又申請人等が十月一日に一斉休暇をしたのも九月三十日に支給さるべき時間外手当の支給がなかつたからに外ならず、その間特別に欺瞞等悪らつな手段が構ぜられたようなことも認められない。

又被申請会社は時間外手当の支給を拒んだのではなく、事務手続上僅か一日の猶予を求めたのにすぎないのに、一斉休暇というような手段をとつたことは信義則に反し違法であると云うが、被申請会社が当然分つている給与支払日に手当を支給しなかつて事は、決して単なる偶然の事務上の怠慢であつたにすぎないとは考えられず、事実申請人等は前記認定のとおり徹夜に及ぶ交渉をしても遂に被申請会社から会社として時間外手当を支給する旨の決定乃至確答を得られなかつたのであつて、問題は単純な一日二日の支払時期の遷延の問題とは全く別個の性質のものであつたと考えられる。その上申請人久保治雄同桝竹忠信、同西上正美、同田中栄次の各供述によると、申請人等従業員は従来給与面で被申請会社に期待を裏切られることが多く、会社に誠意ありと信じていなかつたと認められるので、申請人等が本件要求を提出した後の段階に於て、なお且つ本件一斉休暇を差控え会社に対し数日間の猶予を与えるべきであつたと云うことを、右申請人等に期待し要求することは困難である。

(ハ)  会社内の風紀紊乱の有無

申請人田嶋静子がその私生活に於て、他に妻子ある申請人田中栄次と同棲していることは当事者間に争いがないが、被申請会社の業態を考慮しても、私行上の男女関係が即ち会社内の風紀問題となるものではないから、それ以上に右田嶋静子に風紀紊乱の行為があつたかどうかについて考察すると証人片岡安太郎、同前川勇の証言によるも同女に対する非難は主として抽象的なものであつて、更に進んで同女が被申請会社の風紀を具体的に乱した事実は之を認めるに未だ困難である。この点について、仮に被申請会社としてその業務遂行乃至職場の秩序維持上多少難点があつたとしても、未だそれも懲戒解雇というような重大な懲戒処分に該当する程度に達していたことは認められない。特に前記証人等の証言によるも同女が田中栄次と同棲していることは、被申請会社にとつて、少くとも本件解雇の六ケ月程前から分つていたのであり、それにもかかわらず被申請会社は引続き同女を雇用していたのであるが、そこで本件一斉休暇なる事態が発生し、同女が他の申請人等と行を共にするや、ここに初めて、しかもその理由を以て本件解雇が行われたものであることが認められる。しかも同解雇にあたつて風紀紊乱が解雇理由である旨明示されていたと認められる証拠もないから、かかる事情を考慮すると申請人田嶋静子に対する本件解雇の決定的理由は右一斉休暇にあることが明白である。

すると申請人田嶋静子に対する本件解雇は風紀紊乱等他の理由を附加したところで、結局それは右認定の通り従業員が憲法によつて確認されている正当な団体行動権を行使した事を決定的な理由とするから、民法第九十条によつて無効である。

(申請人等は之を不当労働行為だから無効であると表現する)

かくして以上いずれの点より考えても本件申請人等に対する懲戒解雇は無効である。

四、普通解雇に転換の可否

被申請会社は本件懲戒解雇が懲戒解雇としては無効であつても普通解雇に転換すると主張するが、この二種の解雇は法律的にみてその根拠を異にし、その内容、効果に於て、又多くの場合手続的にも著しく相違し、且つ又実際的見地に立つても、かかる転換を認める事は懲戒解雇の行われる場合を不当に拡大し、之を濫用する傾向を多分に誘発するから右転換は許さるべきではないと解する。

仮に右転換を許すとしても、或は又後記(五)の如く被申請会社が申請人等に対しいわゆる解雇手当を弁済のために提供した際、懲戒解雇とは別個に、普通解雇の意思表示がなされたものと解しても、いずれにせよそれら解雇の意思表示がいずれもその動機に於て前記判示のとおり申請人等の正当な団体行動権行使をその理由としていることを明白であるから、この点に於て右解雇の意思表示は前述のとおり民法第九十条により、無効である。

五、解雇承認の有無

申請人等が被申請会社の提供した昭和三十三年十月一日から三十日分の平均賃金を、申請人西上正美に於て直接受領し、他の申請人等に於て一たん拒絶した後供託されたものを受領している事は当事者間に争いがないが、一般に被解雇者が解雇の効力を争つているときに唯単に解雇手当を受領したというだけでは未だその者が当然解雇の承認をしたとは謂い難く、承認があつたと見るためにはそれに加うるに他に何らかそれと認められる事情があることを要するところ、本件の場合すべての証拠に徴するもかかる事情は認められず、却つて申請人西上正美の供述及び成立に争いのない甲第六号証の一乃至六によれば申請人等がいずれも右金員を賃金の前払として受取るものである旨異議をとどめて受領していることが認められるから、本件申請人等が被申請会社の解雇を承認した事実は認められない。

六、保全の必要性

以上説示の如く、申請人等は依然被申請会社の従業員たる地位を有し、被申請会社に対し賃金請求権を有するものなるところ昭和三十三年十月一日当時の申請人等の一ケ月分平均賃金が別紙目録記載のとおりであり、その支払日が毎月末日である事は当事者間に争いがない。

ところで申請人久保治雄、同田中栄次、同桝竹忠信、同西上正美の各供述によれば、申請人等はいずれも資産に乏しく本来被申請会社からの賃金収入を唯一の生活の資とする賃金労働者であつて、本件解雇によつてその収入源を失い、いずれも生活の危機に直面していることが認められる。それ故申請人等に於て右解雇の効力を争つて本案判決の確定をまつ迄の間無収入でいられない事は明白な事実である。

又それだからこそ前記申請人等の各供述によれば申請人のうち久保治雄、駒季治、田中栄次はそれぞれ生活難打開の一助として解雇後今日に至る迄の間時折臨時の働き口を見つけて若干の収入を得ている事が認められるが、その間負債等を重ねている事実も認められ、且つ又生活程度を切りつめる等自己並に家族の心身を損耗していることも容易に推察されるところであり今後共労働者として極めて不安定な地位にある事は、他の申請人共々同様であると窺われる。

因に、優秀な運転技能を有するから他に恒久的な安定した職場を見出せば足りるとの論は、実際問題としては被申請会社に復帰することをあきらめ、且つ解雇を承認せよということと同義語であつて著しく正義に反する事は言うまでもない。

よつて申請人等が地位保全並に賃金支払の仮処分を求める緊急の必要性があると認めるところ、申請人等が昭和三十三年十月の一ケ月分賃金相当の金員を賃金前払名義で受領していることは前述のとおりであるから、この分を除外し、被申請会社に対し主文第一項記載の措置を命じ、申請人等の申請のうち右除外分は之を失当として却下し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十二条但書、第九十五条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 井上三郎 松井薫 安井章)

(別紙)

賃金表

申請人 田中栄次 金一万六千九百円

同   田嶋静子 金  一万三千円

同   駒季治  金一万一千七百円

同   久保治雄 金  一万三千円

同   桝竹忠信 金   九千百円

同   西上正美 金  七千八百円

以上

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